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ネトゲ戦記 第二部「Travianとブラ三のむかしばなし」の検証と感想

空白雑記でネトゲ戦記 第二部「Travianとブラ三のむかしばなし」が公開されましたので、検証と感想を書いていきます。元々は、感想だけでいいかなと思っていたのですが、以下のツイートを目にしたので、ブラウザ三国志の部分は私が検証勢やることにしました。



ちなみに、調整豆乳氏というのは、空白氏のアンチの方ですね。期待に添えるかわかりませんが、精いっぱい頑張っていきたいと思います。

さて、検証に入る前に、私がブラウザ三国志の検証勢としてふさわしいことを示さなけばならないと思います。ブラウザ三国志は今年で10年目を迎える、場末のネトゲです。私がブラウザ三国志を始めたのはmixi21鯖で、現在はプラットフォームが統合されw3+5鯖となっています。途中放置期間が1年間ほどありましたが、2010年から遊んでいるので8年ぐらいは、なんだかんだいってブラウザ三国志で遊んでいます。

ゲームへの課金額は通算で数百万円なので、世間一般的には十分廃課金でしょう。あとは、このブラウザ三国志のブログを2011年9月から書いています。更新があるブラウザ三国志のブログとしては最古参の部類になります。それから、ゲーム内コンテンツの1つであるブショーデュエルについては、w3+5鯖の24期~28期で1位を取りました。現在29期ですが、ほぼ間違いなく1位を取れるかなと。まあ、私のブラウザ三国志の属性はこんな感じですね。割と普通だと思います。

今回は空白氏の記事の検証なので、私にとっての空白氏の立ち位置を書いておくと、恩師というのが一番しっくりきます。ゲーム内ではほぼ絡みがありませんでしたが、私はブラウザ三国志の基礎の8割くらいを空白氏のブログ(空白日記)から学んでいることもあり、私がブラウザ三国志で楽しめているのは、空白氏のおかげだと思っています。恩人かつ先生だから、恩師ですね。

ちなみに、私はUOもFF11もやっていないので、純粋なブラウザ三国志の空白氏を見ていけると思います。(でも、軽くFF11のAposを検索してみて、実績としてはこれだけで十分やばくない?って思いましたけど)

前置きが長くなりましたが、検証頑張っていきましょう。空白氏の記事は紫色にします。


ブラ三の記憶は、UOやFF11の鮮烈な思い出に比べると彼の中ではとても薄い。ただ、ブログにまとめていたのを読み直すことで思い返すことはできた。彼はゲームが大好きなので、ブラ三も当然アンテナにかかっていたのだが、プレイしていなかった。

いきなり、これですよ。空白氏にとってブラウザ三国志の記憶は薄い。空白日記はおよそ1年半くらい毎日更新されていたので、最低でも500記事くらい書かれていながら、薄い。他がどれだけ濃いのかと。でもまあ、ネトゲ戦記の記事を読んでいて、ブラウザ三国志のゲームの部分に関しては、確かに薄いんですよね。空白日記で見たな、ということばかりなので。だからまあ、今からでも空白日記を読めばいいんじゃないかなと、私は思います。

それはブラ三の元ネタでもあるTravianというゲームで負ったトラウマが原因だった。なのでまずTravianについてから語ろうと思うが、Travianなんて本当にコアなゲーマーしか知らないだろうから、ブラ三を元に語ろう。

Travianは、「ブラ三からカードやデッキの概念を消去して」「資源(木とか)が各町ごとに別々に管理されていて、荷馬車(速9だったかな?)」で資源を運ばないといけないという、気の狂ったブラ三だった。

だが、それでも「オンライン信長の野望シムシティ」とでもいうべき、マス目に実際の距離があり、時間をかけて戦争ができるゲーム設計にコアゲーマー達は目を輝かせて遊び、ただただシムシティをした。Travianにはカードの概念がないので、防衛があまりにも優位すぎたのもある。

なによりも戦争ができなかった理由は、「シムシティが忙しすぎた」ことだった。常に村同士で資源をやりくりしないと最適な村開発が出来ないので、効率が理解できる人ほど忙しくなるゲームだった。3時間おきに起きて荷馬車を出さないといけなかった。

今でこそそれが彼の強みだとわかってはいるが、当時はなぜ皆はそんなに不真面目に遊ぶのか、どうせゲームに時間を使うなら真面目に遊べばいいのにと憤るほど効率を追い求めた彼は、当然にサーバでトップクラスのプレイヤーになった。

Travian最強の攻撃は「米村」と言われる、ブラ三でいう★MAXの超レアな土地から資源を送り続けて、3時間おきに兵糧を送り続けないと兵士が餓死し始める規模の「大砲」を作ることだった。彼は当然大砲役になった

彼はついに大砲を限界まで鍛え上げたが、その大砲は最後まで撃たれることはなかった。みんなシムシティに忙しすぎて戦争をしようとなどしなかった。結局一度も戦争をしないまま、ずっと大砲を維持させられることに気が狂いそうになった彼は、ある日いきなりアカウントを削除した。


ブラ三の元ネタであるTravianは、私はプレイしたことがないので省略。しかしさらっと書かれていますが、鯖最強のアタッカーがいきなりアカウント削除したら、大事件になりますよね。このあたりの検証はトラビナーに任せよう。あとは、私がTravianで一番面白いブログ2番目に面白いブログを紹介して終わりにします。

そんなトラウマがあったから、ブラ三が出始めた頃にすぐに飛びつくことができず、暇になったからちょっと触ってみるかと24鯖でプレイするまで遊ばなかった。もしTravianを知らず、初期にプレイしていたらもっと面白かったのかもしれない。

これは、ネトゲ戦記で書かれて、なるほどなと思ったところです。ブラウザ三国志のmixi鯖では、株式会社ドワンゴのkawango氏(川上量生氏)がmixi9鯖でドワクエ同盟を作って遊び始めたというのが、かなり話題になりました。とりあえずkawango氏の回顧録のリンクを貼っておきます。ちなみに、私はサンシャイン牧場の変わりに畑を育てるゲームとしてブラウザ三国志にたどり着いたわけですが、それでもmixi21鯖なわけで、空白氏ともあろう方が私よりも登録が遅いということに、もっと違和感を持つべきでした。

ブラ三の初期のブログを見ると、彼は初心者であるのにいきなり鯖トップのプレイヤーとなり、盟主に無能だと食って掛かり(一応本当にゲーマーとして無能だったぽいが)、鯖トップのプレイヤーとして立ち回って裏から自分の同盟を支配し、天下統一連合を作らせた。彼はまだ青く、自信にだけ満ちていた

mixi24鯖1期の話ですね。無能盟主の話は、「24鯖の回想 その2」あたりが該当します。天下統一連合の話は、「24鯖の回想 その4」です。ネトゲの謀略が手馴れすぎている恐ろしい初心者です。


"空白は2000万課金してるから強いのは当然"なんて嘘もささやかれるくらいには強かったらしい。実際は初期は2万くらいで、盟主になってから月2万くらいだったかな?多分24鯖とはいえ異常な強さだったのではないかと思うが、彼はブラ3に遅れてハマった負い目から、所詮24鯖は後発鯖だと思っていた。

2000万課金は、当時の2ch(現在の5ch)で書かれていた話ですね。ブラウザ三国志界隈では、先発鯖後発鯖議論(先発鯖の方が強いとかそういう話)が結構話題だったのですが、空白氏が当初は所詮後発鯖だと思っていたというのは、私は初めて知りました。ただ、先発鯖への期待が強かったがゆえに、「先発後発論」において、一決(ドワクエを倒した同盟の後継でmixi9-12鯖4期の覇権同盟、先発鯖の象徴みたいなもの)に過剰とも思えるほど噛みついていたのかなと思いました。私は当時、みんな仲良くブラウザ三国志で遊べばいいのにと思っていました。

FF11でリーダーを張っていたタル組終盤でのCion事件や、その後の1年間のグダグダを経験した彼は、盟主が無能だと噛み付くくせに、盟主にはなろうとしなかった。これもトラウマのせいだと言えるだろう。一期の盟主は無能すぎたので、二期は自分に全権を委任してくれるお飾りの盟主を選んだ

これは、「23+24鯖回想 その0」を読むのがいいかな。空白氏のmixi23+24鯖2期の所属は剛田雑貨店ということで、当然盟主はジャイアンです。空白氏に丸投げするなら、盟主としてはむしろ有能だと思います。

同盟の実権を手にした彼のスローガンは「平等よりも公平」だった。当時のブラウザ三国志の常識は、とても日本的というべきだろうか、平等な同盟運営がヨシとされていた。彼はこれまでの経験から、平等な羊の群れの中、公平な狼のようなギルドになれば勝てると考え実行した。

平等と公平の違いを最も実践したのが僻地不要論だろう。当時ブラ三では、僻地と呼ばれる大草原をいかに全員で協力して囲い込み、領土とするかというプレイが基本中の基本だった。囲い込んだ後、領地の配分が行われ、同盟全員がまんべんなく強くなる。

この僻地領地化は、彼の同盟以外すべての同盟が実践していたが、彼はあまりにも効率が悪いと、「領地はすべて実力で切り取り次第」というルールで全員に自由に領地を作らせた。その結果、雑魚いやる気のないプレイヤーは完全に雑魚となり、最強にやる気のあるプレイヤーが最強になった。


僻地不要論は「僻地囲うのは無駄論」で初公開され、当時のブラウザ三国志界隈で大きな話題になりました。これは、素直に空白氏のネトゲの能力の高さの表れと言ってよいと思います。他にも「覇道不要論」なんかは、反響が大きかったですね。

ブラ三は「効率倍々ゲーム」なので、最強のプレイヤーが3人いれば雑魚100人を敵にしても勝てる。この頃彼がずっとスローガンにしていたのは「ゲームは所詮生活には不要な娯楽」というもので、これはセガに入社して作る側に回ったことで思うようになった考え方だった。

「ゲームは所詮生きていくのには不要なもので、だからこそ素晴らしいゲームを作るクリエイターは素晴らしいし、そんなゲームに必死になれるプレイヤーも愛すべき素晴らしいものなのだ」という考えだと気づいたのはもっと後のことだった。当時はやる気のないやつはしょうがないという考えだった


私は、空白氏が当時セガにいたことをネトゲ戦記で初めて知りました。上記のゲームに対する考え方の変遷が、空白日記空白雑記の最大の差だと私は思っていて、ブラウザ三国志時代の空白氏はかなり尖がっていて、率直にいって私は畏怖していました。尊敬半分、恐ろしさ半分といった感じ。空白雑記のゲーム論を見ていると、効率最優先なのは相変わらずとしても、許容範囲が広くなったなと感じます。

他が足の引っ張り合いをしてるなか、最強のルールで最強精鋭部隊を作った後のブラ三は、とても楽しいかと思ったが、蹂躙するだけの戦争は一回やったら十分で飽きてしまった。後に統合される近縁のサーバにhttps://twitter.com/lalha2氏が居た。ブログを読む限り、氏だけは彼の歯ごたえのある遊び相手になりそうだった

どうもこのゲームにおいて彼は強すぎて、相手になりそうなのは半年くらい先に統合されるこの人くらいだなと思った彼は、lalha氏とネチネチとブログでレスバをしていた。そうこうしているうちに、何故か仲良くなり、実際にリアルで会って飲みに行った。ブラ三は戦う前にもう飽きて辞めた。


最強精鋭部隊というのは、mixi21-24鯖3期の剛田雑貨店のことで、蹂躙するだけの戦争というのは、剛田連合対反剛田連合のことですね。これについては、「21+24鯖回想 その0」から空白日記のブラ三回想を読んでもらうのがいいと思います。ちなみに、私は農耕同盟で、大戦怖いと震えてました。

ちなみに、ネチネチとブログでレスバってのは、以下の通りです。

小野和俊のブログ「ブラウザ三国志の課金システムを振り返る」
lalha氏(mixi17鯖プログラマー同盟の盟主)が記事を書き、空白氏がコメントを書く。

空白日記「ブラウザ三国志の課金システムについて」
空白氏が上記への返信のため、ブログを更新する。

経営者の先輩ということでグラニ設立の際にはいろいろと相談に乗ってもらったし、死にかけて一文無しだった時には恥を忍んで裁判費用を貸してもらった。最初の裁判に勝利したときには、ワインが好きな氏と、2人でお祝いにロマコンを生まれてはじめて飲んだ。一生頭があがらないであろう人の一人だ。

今振り返ってみると、ブラ三というゲームはあまりにも彼と相性が良すぎた。仕様を把握して最適な行動を取るだけでよく、アクション性が皆無のブラ三において、おそらく彼は本当に最強のプレイヤーだった。強すぎてつまらないくらいには。

ただ、そのおかげでブログはAmebaブログでも上位になり、その縁でリアルで一生頭があがらないような人と知り合えたのだし、自分の特性を把握することもできたので、ブラ三は彼にとってとても良いゲームだったように思う。


lalha氏との絡みが第三部につながるというのは、今回初めて知ったのですが、実にいい話だなと。ブラウザ三国志への期待感への裏返しだと思うのですが、空白日記の最後の方はブラウザ三国志への文句が多くて、まだまだブラウザ三国志を楽しんでいた私としては、読んでいてつらいものがあったので、空白氏にとってブラウザ三国志が良いものであったことをうれしく思います。

以上、検証と感想終わり。いくらブラウザ三国志が場末のネトゲでも、かなりの実績だと思うのですが、いかがでしょうか。

それでは、ごきげんよう。
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プロフィール

KaichoX

Author:KaichoX
mixi35鯖でのNPC砦攻略の顛末を書いていましたが、無事に終わったので、現在は好きなように書いてます。

w3+5鯖24期~29期デュエル1位でした。30期からはデュエル不参加です。

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